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大阪高等裁判所 平成2年(行コ)2号 判決 1991年3月15日

控訴人

北田美智子

右訴訟代理人弁護士

分銅一臣

被控訴人

兵庫県地方労働委員会

右代表者会長

元原利文

右指定代理人

本田多賀雄

右補助参加人

兵庫県

右代表者知事

貝原俊民

右訴訟代理人弁護士

俵正市

右訴訟復代理人弁護士

寺内則雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人が、兵庫県地方労働委員会昭和五三年(不)第二号不当労働行為救済申立事件について、昭和五九年七月三一日付をもってした命令を取り消す。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人及び補助参加人

主文同旨

二  当事者双方の主張

当事者双方の主張は、次に付加する外は、原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

1  控訴人

(一)  控訴人は、兵庫県衛生研究所に期限の定めのない一般職の職員として採用されたものである。すなわち、

(1) 控訴人は、兵庫県衛生研究所に採用される以前に、神戸大学医学部の三回生に在学する夫と一歳の子供を抱えていたので、安定して長期に働ける職場を探していたものである。そして、控訴人が、訴外京奥の紹介で兵庫県衛生研究所の井上部長と面接した際に、同部長から、「これまでの人が長く勤めていたから、貴女も長くいて欲しい。」といって、控訴人に対し、長期に亘って勤務して欲しい旨述べたので、控訴人も、長期に亘って勤務できるものと考えて、右兵庫県衛生研究所に採用されたものであるから、控訴人は、当初から、被控訴人に期限の定めのない一般職の職員として採用されたものである。このことは、①控訴人が右兵庫県衛生研究所に採用された後、四年間に亘って引き続き雇用されてきたこと、②控訴人が従事していた業務は、試験管洗浄の業務にしろ、図書整理の業務にしろ、いずれも恒常的な業務であって、一定の時期に仕事がなくなることが予想されていないこと、③日々雇用職員取扱要領に定められた六か月及び一年の期間がきても、何ら更新の手続きがとられていないこと、等からも明らかであるというべきである。

(2) 一般職の地方公務員については、任用期間に定めのないことが原則であるから、期限付任用は、その身分保障の点から、認められるべきではない。

(3) 仮に、期限付任用が許されるとしても、最高裁判所昭和三八年四月二日判決・民集一七巻三号四三五頁の判示からすれば、期限付任用をするには、地方公務員の任用を期限付とする「特段の事由」があることと、「身分保障の趣旨に反しないこと」との要件が必要であるところ、控訴人を採用するについては、右要件がないから、期限付任用は、許されないものというべきである。

(4) 要するに、兵庫県においては、臨時職員と呼称されている職員のうち、地方公務員法二二条二項に定める職員、及び、同法三条三項三号に定める臨時職員以外の日々雇用職員と呼称されている職員の多くは、任期の定めのない一般職の職員であって、給与、諸手当の点等で差異がある職員というべきである。

(5) したがって、控訴人は、期限の定めのない一般職の職員として、兵庫県衛生研究所に採用されたものであるから、雇用期間が満了したことを理由に、雇用止めをすることは、違法であって、許されない。

(二)  仮に、控訴人が、当初、期限付で採用されたとしても、その後、控訴人が、日々反復期間を更新して雇用されたことにより、期限の定めのない一般職の職員に転化したものというべきである。

(三)  控訴人に対する本件雇用止めは、兵庫県衛生研究所が、昭和五一年暮れ以来、控訴人等が兵庫県臨時職員労働組合の結成のための活動を活発にしだしたことを察知し、右控訴人らの組合活動を嫌悪してしたものであるから、不当労働行為であるところ、控訴人は、本件救済命令でポスト・ノーチスを補助参加人兵庫県らに命ずるよう求めているから、控訴人の地位の得喪とは別に、右雇用止めが不当労働行為であるとして、本件命令は取り消されるべきである。

2  被控訴人

控訴人の右主張は争う。

3  補助参加人

(一)  控訴人の右主張は争う。

(二)  兵庫県衛生研究所の業務は、本来、兵庫県衛生研究所に配置された職員をもって処理するのが原則であるが、昭和四五年以前は、保健所の検査体制が不充分であったことによる試験業務量の増大により、また、昭和四七年からは、外部からの調査研究委託のために全所的に業務量が増加したため、右業務量に応じ、短期または長期の日々雇用職員を雇用していた。

このように、兵庫県衛生研究所では、業務量の一時的な増大に応じて、短期又は長期に、日々雇用職員を雇用していたに過ぎないのであるから、日々雇用職員とアルバイトは、その取り扱い及び法的地位において何ら異なるところはなく、また、これら職員は、一時的に増加した業務に対応するため、臨時的に雇用されたもので、正規の職員として採用されたものではないから、正規の職員としての法的地位を有するものではない。

三  証拠関係

証拠関係は、原審及び当審における訴訟記録中の証拠関係目録に記載の通りであるから、これを引用する。

理由

一控訴人が、昭和四九年四月二二日に、兵庫県衛生研究所に採用され、細菌部に配属されて、試験管の洗浄業務、培地作り、データー整理の業務に従事していたが、昭和五二年一月二四日付で総務部の図書室に配置換えとなり、同所において、図書の整理などの業務に従事してきたところ、昭和五三年一月二三日に、兵庫県衛生研究所所長日笠譲から、同年三月三一日付をもって、雇用止めとする旨の通告を受けたこと、控訴人は、昭和五三年四月一九日、被控訴人に対し、補助参加人兵庫県及び兵庫県衛生研究所所長日笠譲を被申立人として、原判決添付別紙記載の通りの不当労働行為救済の申立をしたところ、被控訴人は、昭和五九年七月三一日付をもって、申立棄却の命令を発したこと、以上の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二控訴人は、兵庫県衛生研究所に採用されるにあたり、井上部長と面接した際、同部長から長く勤めて欲しい旨いわれたので、控訴人も、長期に勤務できるものと考えて、兵庫県衛生研究所に採用されたから、期限の定めのない一般職の職員として採用されたものであるとの主張をしているが、右控訴人の主張事実に副う<証拠>はたやすく信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

却って、前記一の争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

1  兵庫県においては、期限の定めのない一般職の職員(地方公務員法五七条の職員を含む、以下同じ)は、地方公務員法一七条ないし二一条の規定に基づき、所定の競争試験又は選考により、知事が任命することになっており、また、右同法二二条二項の臨時的任用の職員も、知事が任命することになっている(<証拠>参照)。

これに対し、兵庫県における日々雇用職員の雇用(任用)は、地方公務員法六条、兵庫県の地方機関処務規程(昭和四三年訓令甲第八号)(<証拠>)三条五号により、所長等の地方機関の長に委任され、右地方機関の長が雇用(任命)するものとされ、その具体的取扱については、日々雇用職員取扱要領(<証拠>)が定められている。そして、右日々雇用職員取扱要領では、(1)日々雇用職員の任用は、一日を単位とする、(2)日々雇用職員の任用は、所属長限りで行うものとし、特に任命権者において必要と認める場合を除いては、任用に辞令を用いないものとする、(3)日々雇用職員は、分限、身分保障、及び、不利益処分の審査請求に関する規定は適用しない、(4)日々雇用職員は、正式任用に際して、いかなる優先権も与えられない、等とされている。

また、(1)兵庫県においては、日々雇用職員は、地方公務員法一七条、二二条に基づき任命された公務員のいずれにも属さない特殊な雇用形態に属する公務員として扱われており、(2)日々雇用職員の服務については、期限の定めのない一般職の職員に適用される服務規程は、直接には適用されず、右服務規程を適宜準用しつつ、個々具体的に定められた要領によるものとされ、(3)また、社会保険の適用についても、期限の定めのない一般職の職員には地方公務員等の共済組合による保険が適用されるのに対し、日々雇用職員には、原則として、日雇労働者健康保険法、健康保険法、厚生年金保険法等の適用を受けることになっている(<証拠>参照)。

2  兵庫県衛生研究所は、公衆衛生の向上及び推進に寄与するため、兵庫県の行政組織規則(昭和三六年規則第四〇号)(<証拠>)第一七二条により設置された兵庫県の地方機関であり、右目的に寄与するため、兵庫県の衛生行政上必要な調査研究、試験検査、衛生関係職員の技術面における指導訓練、衛生に関する試験検査施設に対する技術的援助等の業務を行っている(右規則一七三条)。

なお、右兵庫県衛生研究所の調査研究は、同研究所が企画し実施するものの外、外部からの委託を受けて実施するものもある。

3  兵庫県衛生研究所では、昭和四五年頃から同五一年頃にかけて、生野鉱山の廃液に基因するイタイイタイ病に関するもの、国道四三号線の自動車の排気ガスによる付近住民の健康に及ぼす影響、全国の衛生研究所が広域的に行う環境汚染物質の健康に及ぼす影響、姫路付近に発生した腸チフスに関するもの等の調査研究を、外部の関係各機関から委託され、そのために業務が増え、著しく多忙となったので、かねてから、正規の職員の外に、右調査研究に伴う事務処理、器具の洗浄、消毒等の補助的業務を行わせるために、日々雇用職員を採用(任用)していた。

4  そして、

(一)  兵庫県衛生研究所細菌部では、昭和四九年当時、これより先に、前記の如く、兵庫県衛生研究所が外部から調査研究の委託を受けたもののうち、チフス菌に関する調査研究や、上気道細菌叢、大気汚染(環境汚染健康影響)等に関する調査研究等をしていた。

そのため、兵庫県衛生研究所細菌部では、その業務が極めて多忙であり、正規の技能職員(当時は二名)では手不足であったので、かねてから、宮本信行と三宅省一の二名を日々雇用職員として採用(任用)していた。

(二)  ところが、右宮本は、昭和四九年三月頃死亡し、また、三宅は、他に就職するため、同年三月末日限り辞めたので、兵庫県衛生研究所細菌部では、右二名に代わる日々雇用職員を求めていたところ、右細菌部の大井百合子が、控訴人を右細菌部の井上部長に紹介した。

(三)  そこで、井上部長は、昭和四九年四月中旬頃、兵庫県衛生研究所五階の右井上部長室で、右大井の立会の下に控訴人と面接した。

そして、その際、井上部長は、控訴人に対し、任用の条件、控訴人の身分、賃金、勤務時間、仕事の内容等について説明をし、(1)身分については、正規の職員とは異なる日々雇用職員であること、(2)賃金は日給で、平日は一日一七〇〇円、土曜日は平日の半額であり、翌月の一〇日頃までに前月分が一括して支払われること、(3)勤務時間は、平日は午前八時四五分から午後五時一五分までであり、土曜日は午前八時四五分から午後〇時一五分までであること、(4)通勤手当や一時金等の手当は一切支給されないこと、(5)生理休暇はないこと、(6)仕事の内容は、正規の職員(期限の定めのない一般職の職員)の仕事の補助的な仕事で、その主なものは、清掃、使用器具(試験管、コルベン等)の洗浄、その他雑務であって、研究員の指示に従って手伝うものであること、等の説明をした。

(四)  これに対し、控訴人は、右井上部長に対し、(1)健康保険に夫と子供が扶養家族として入れるかどうかを尋ねた外、(2)子供を預ける保育所を探さなければならないので、勤務を始める日を一週間程先にして欲しい、また、保育所に子供を迎えに行く関係で、退庁時間を三〇分程早くして欲しい、と申し入れたところ、井上部長は、健康保険のことについては、わからなかったので、控訴人を総務部に行かせてその確認をさせ、(2)の要望については、井上部長の判断で了承する旨の回答をした。

しかし、その際、控訴人は、右井上部長に対し、右日々雇用職員であることについて、格別、質問をしたり異議を述べたようなことはないし、また、「長く勤めたい、すぐやめるつもりはない。」等といったこともなく、退庁時間を三〇分程早くすること以外は、井上部長の説明の通りの条件で兵庫県衛生研究所に採用されることを了承したので、控訴人は、兵庫県衛生研究所所長の任命により、右条件で、日々雇用職員として兵庫県衛生研究所に採用(任用)された。

なお、控訴人が、右兵庫県衛生研究所に採用されるにあたっては、控訴人に対し、任命権者による辞令が交付されたことはない。

5  兵庫県衛生研究所では、正規の職員(期限の定めのない一般職の職員)と日々雇用職員とは、その仕事の上において区別があり、経験のある者にさせている危険なものを取り扱う仕事とか、危険の大きい仕事は、専ら正規の職員がこれを行い、控訴人のような、日々雇用職員には、右のような仕事は担当させず、前述の如き正規の職員の行う仕事の単なる補助的な仕事をしていたに過ぎない(<証拠>参照)。

そして、控訴人は、兵庫県衛生研究所に採用されてから後、同研究所細菌部において、現実に、正規の職員の行う業務の補助として、研究室の掃除、使用器具(試験管等)の洗浄業務、培地作り、データー整理、書類のコピー等の補助的な仕事に従事していたが、昭和五二年頃には、右細菌部の仕事が暇になったのに対し、図書室(当初は総務部に属していたが、昭和五二年四月一日から機構改革により、疫学情報部の所属となる)の図書類が未整理のまま放置されていたので、同年一月二四日付で右図書室に配置換えとなり、同所において、未整理の図書の整理、掃除等の仕事をし、未整理の図書の整理が終わった後は、図書の整理、雑誌の製本の依頼、書類のコピー等の仕事をするようになった。

6  なお、前記大井は、控訴人が兵庫県衛生研究所で働くようになってから後に、控訴人に対し、「北田さん(控訴人)は、日々雇用職員であるから、所長から「辞めろ」といわれれば、何時でも辞めなければならない身分である。」「身分が不安定であるし、賃金も安いので、転職した方がよいのではないか。」等といって、他の就職口を紹介したことがあるし、兵庫県の正規の職員(期限の定めのない一般職の職員)の採用試験を受けるように勧めたこともある(<証拠>参照)。これに対し、控訴人は、兵庫県の正規の職員の採用試験を受けたこともあるが、合格せず、したがって、任命権者である知事の任命により、兵庫県の正規の職員として採用(任用)されたことはない(<証拠>参照)。

以上の事実が認められる。

そして、右認定の事実からすれば、控訴人が、兵庫県衛生研究所に採用されるに際し、控訴人主張の如く、井上部長から、長期に亘って勤務して欲しいといわれ、控訴人も、長期に勤務できるものと考えて、兵庫県衛生研究所に、期限の定めのない一般職の職員として採用されたものではなく、控訴人は、任期を一日とし、これが日々更新される日々雇用職員として、兵庫県衛生研究所に採用されたものというべきであるから、控訴人の右の点に関する主張は失当である。

三もっとも、

1  控訴人は、控訴人が、兵庫県衛生研究所に採用された後、四年間に亘って引き続き雇用されてきたこと等種々の事情をあげ、控訴人は、兵庫県衛生研究所に期限の定めのない一般職の職員として採用されたものであるとの主張をしているが、<証拠>によれば、兵庫県衛生研究所における試験管洗浄の業務や図書の整理や管理の業務は、恒常的な業務ではあるけれども、時期によっては繁閑があり、繁忙の時には、日々雇用職員を採用する必要があるが、暇な時はその必要がないこと、後記の如く、兵庫県衛生研究所では、昭和五二年秋頃には、細菌部の業務も図書室の業務も、その業務量が減少して暇になり、日々雇用職員を雇用しておく必要がなくなったので、控訴人を雇用止めにしたことが認められるから、控訴人主張の如く、控訴人が、兵庫県衛生研究所に採用された後、四年間に亘って引き続き雇用されてきたこと、控訴人の従事していた試験管洗浄の業務や図書の整理・管理の業務が恒常的なものであったこと等から、控訴人が日々雇用職員として採用されたものではなく、期限の定めのない一般職の職員として採用されたものとは到底認め難い。

2  また、控訴人は、控訴人に対し、日々雇用職員取扱要領に定められた六か月及び一年の期間がきても、何らの更新の手続きがとられなかったことを一事由として、控訴人は、兵庫県衛生研究所に期限の定めのない職員として採用されたものであると主張するが、控訴人について、毎日、その採用を更新する手続きが明示的にとられなかったとしても、<証拠>によれば、少なくとも、控訴人に対し、日々、黙示の更新がなされたことが認められるから、右控訴人の主張も、理由がない。

四そこで次に、兵庫県衛生研究所において、控訴人のような日々雇用職員を任用(採用)することが許されるか否かについて判断する。

地方公務員については、人事院規則八の一四、同一五の四のような日々雇入れられる非常勤職員に関する明文の規定はないけれども、地方公共団体における職員の期限付任用も、それを必要とする特段の事由が存し、かつ、それが職員の身分を保障し、職員をして安心して自己の職務に専念させる趣旨に反しない場合においては、期限を一日とする日々雇われる職員を任用することもできると解すべきである(最高裁判所昭和三八年四月二日判決・民集一七巻三号四三五頁参照)。そして、地方公共団体の職員の行う業務自体は、恒常的なものであっても、それが一時的な外的要因で、ある期間に限り、極めて繁忙であるが、その業務遂行の特質と繁忙の一時性から、業務を遅滞なく遂行するために、期限の定めのない一般職の職員(正規の職員)を任用(採用)するまでの必要はなく、特別の知識、技能、経験、習熟等を必要としない代替的業務を補助的に行わせる臨時職員を一時的に任用すれば足りるような場合には、期限の定めのない一般職の職員を任用することなく、期間を一日とし、右繁忙な期間中の更新を予定して日々雇用の職員を任用することも、法律上許されるものと解すべきである。けだし、右の様な場合には、期限付職員を必要とする特段の事由があるといえるし、また、日々雇用(任用)される者において、その任用にあたり、その旨の説明を受け、期間を一日とし、日々雇用されることを了承して任用される以上は、一日を超えて任用されるという点についての身分保障を考える必要はないので、右の点の身分保障を害することはないといえるし、さらに特別の知識、技能、経験、習熟等を必要としない代替的業務を補助的に日々雇用される職員に行わせても、公務の民主的・能率的運営を阻害することにはならないからである。

これを本件についてみるに、前記認定の通り、兵庫県衛生研究所細菌部においては、昭和四九年当時、チフス菌に関する調査研究や、上気道細菌叢、大気汚染等に関する調査研究をしていて、臨時的に業務が増えて多忙であり、正規の技能職員(期限の定めのない一般職の職員)(当時は二名)では手不足であったため、日々雇用する職員を任用する必要性があったこと、控訴人は、兵庫県衛生研究所細菌部に任用(採用)されるに際し、井上部長から、兵庫県衛生研究所細菌部に日々雇用される職員として任用(採用)される旨の説明や、その勤務条件についての詳細な説明を受け、これを了承して、任用(採用)されたものであること、控訴人の行う職務は、使用器具(試験管、コルベン等)の洗浄、清掃等、正規の技能職員の補助的業務に過ぎなかったことの諸事実があるから、兵庫県衛生研究所細菌部が控訴人を日々雇用職員として任用(採用)したことは、法律上許されたものであって、違法ではないと解すべきである。

控訴人は、地方公務員については、任用期間に定めのないことが原則であるから、期限付任用は、その身分保障の点から許されないとか、控訴人については、日々雇用職員として任用(採用)するに必要な「特段の事由」及び「身分保障に反しない」との要件がないとか、主張しているけれども、前記説示したところから、控訴人の右主張は、いずれも理由がないものというべきである。

その他、控訴人は、兵庫県衛生研究所に期限の定めのない一般職の職員として任用(採用)されたとする控訴人の主張は、前記説示に照らし、いずれも理由がない。

五次に、控訴人は、当初、兵庫県衛生研究所細菌部に期限付で任用(採用)されたとしても、その後、控訴人が、その職務に習熟し、正規の職員と全く同様の業務をしており、かつ、日々、反復期限を更新して任用(採用)されたことにより、期限の定めのない一般職の職員に転化したと主張する。

しかし、法律により雇用の要件が法定されていない一私企業の従業員を雇用する場合とは異なり、期限の定めのない一般職の地方公務員の任用は、地方公務員法一七条ないし二一条に基づき、競争試験又は選考による厳格な手続に従ってこれを行うことを要するところ、前記二に認定した通り、兵庫県では、期限の定めのない一般職の任用については、右法律の定めた手続きにより、県知事がその任命をするのに対し、日々雇用職員の任用は、兵庫県衛生研究所等地方機関の長が、その委任を受けた権限に基づき、競争試験又は選考による厳格な手続によらずして任命するものであるし、また、期限の定めのない一般職の職員と日々雇用職員に適用される服務規定や健康保険も異なるのである。したがって、期限の定めのない一般職の職員の任用行為と、控訴人のように日々雇用職員の任用行為とは、その性質を全く異にする別個の任用行為であり、また、右任用後の賃金、服務規定や社会保険の適用その他に関する具体的勤務条件も全く異なるのであるから、法律上定められた競争試験又は選考による厳格な手続きに従って、期限の定めのない一般職の職員に任用する旨の任命権者(県知事)による任命行為がない限り、控訴人が、その職務に習熟し、兵庫県衛生研究所に、日々雇用職員として、如何に長期間に亘り更新されて継続的に雇用されてきたとしても、日々雇用の職員であるという身分の性質が、期限の定めのない一般職の職員の身分に転化するものではない(名古屋高裁金沢支部昭和五四年三月一六日判決・訟務月報二五巻七号一七五〇頁、東京高裁昭和五八年一二月二一日判決・労民集三五巻一号一頁等参照)。控訴人が、兵庫県の期限の定めのない一般職の職員となるためには、地方公務員法一七条ないし二一条の規定に基づき、競争試験または選考により、兵庫県知事の任命行為が必要であると解すべきであり、このことは、地方公務員法五七条の職員となるについても同様に解すべきである(ちなみに、最高裁判所昭和四九年七月二二日判決・民集二八巻五号九二七頁は、私企業に雇用された臨時工に関する事案であって本件に適切ではない)。

なお、控訴人が、兵庫県衛生研究所において、期限の定めのない一般職の職員(正規の職員)と全く同様の職務に従事していたものでないことは、前記二に認定の通りである。

したがって、右の点に関する控訴人の主張は、理由がない。

六次に、前記二に認定の事実関係からすれば、兵庫県における日々雇用職員は、その任用が更新されない限り、右任用の日の終了によって、当然に退職になるものと解すべきであるところ、兵庫県衛生研究所所長日笠譲が、控訴人に対し、昭和五三年一月二三日に、同年三月三一日付をもって雇用止めにする旨の通告をしたことは、前記の通り、当事者間に争いがない。そして、右雇用止めの通告は、更新をしない旨の通告と解せられるから、控訴人は、右三月三一日限り、兵庫県衛生研究所の日々雇用職員である地位を失ったものというべきである。なお、右雇用止めの通告には、労働基準法二一条但し書の準用があると解する余地はあるにしても、控訴人主張の如き正当理由は、必要がないと解すべきである。

七次に、

1  控訴人は、控訴人らが、組合結成前から、再三に亘って兵庫県衛生研究所内で組合結成のための会議や集会をもち、相談をして、組合結成の準備をしていたところから、日笠兵庫県衛生研究所所長は、控訴人の右組合活動を嫌悪し、これを理由として、控訴人を本件雇用止めにしたものであって、右雇用止めは不当労働行為であると主張する。

しかしながら、前述の通り、日々雇用職員は、日々雇い入れられる職員であるから、その任用権者から改めて雇用(任用)する旨の更新の意思表示がなされない限り、その任用された日の終了により、当然日々雇用職員である身分を失うものと解すべきであり(但し、労働基準法二一条但し書、二〇条の準用により予告期間中の予告手当を支払う義務があるか否かは暫く措く)、また、右任用権者には、再任用する旨の更新の意思表示をすべき義務はなく、右更新の意思表示をするか否かは、任用権者の自由裁量に委ねられているものと解すべきであるから、兵庫県衛生研究所所長の雇用止めの通告すなわち更新をしない旨の通告については、不当労働行為の成立する余地はないというべきである。

2  のみならず、日笠兵庫県衛生研究所所長の昭和五三年三月三一日をもって控訴人を雇用止めにする旨の前記通告が、控訴人が組合活動を結成しようとしたことや、その他控訴人の組合活動を嫌悪し、これを理由としてなされた不当労働行為であるとの主張に副う<証拠>は、いずれも後記各証拠に照らして信用し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

却って、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一) 日笠譲は、昭和五二年四月一日に、兵庫県衛生研究所の所長に就任したが、その当時、兵庫県衛生研究所では、外部からの依頼を受けていた前記二に認定の調査研究の業務がほとんど終わっていて、職員の能力と仕事の量からすると、既に人手が余っている状態にあり、前所長の渡辺所長からの事務引継ぎのなかにも、日々雇用職員を雇用しておく必要がなくなっているという趣旨のことがあった。

(二)  そこで、日笠所長は、兵庫県衛生研究所の実情を調査して人手の余っていることを確認し、当時、兵庫県衛生研究所で、動物飼育の補助をしていた岩角某、総務部にあって他県の衛生研究所との各種会議開催事務の補助等をしていた山田某、疫学情報部で図書の整理の補助をしていた控訴人の三名の日々雇用職員について、近い将来、雇用止め(更新をしないこと)にしようと考えた。

(三)  そして、同年一〇月頃には、右三名の日々雇用職員を即時に雇用止めにしても、兵庫県衛生研究所の業務の遂行には何らの支障もなかったが、日笠所長は、右三名の家庭事情等その立場を考慮し、右三名の所属する部の部長の意見等を聞いた上、右三名を他に再就職のし易い昭和五三年三月三一日まではその任用を更新し、右同日付をもって雇用止めにすることにし、なお、労働基準法二一条但し書の規定を考慮し、三〇日以上前に雇用止めの通告をすることとして(<証拠>参照)、同年一月二三日に、右同年三月三一日をもって、控訴人らに対し、雇用止めにする旨の通告をし、同年四月以降は、控訴人らを任用しない旨の通告をした。

(四)  日笠所長は、当時、控訴人らが兵庫県臨時職員労働組合(昭和五三年一月二六日頃その結成大会が開かれて結成された)を結成しようとしていることは、全く知らなかったのであって、控訴人主張のような控訴人らが右組合を結成しようとしたことやその他控訴人の組合活動を嫌悪し、これを理由にして、右雇用止めにしたものではない。

以上の事実が認められる。

そうとすれば、日笠兵庫県衛生研究所所長は、控訴人らの組合活動を理由にして、控訴人を雇用止めにしたものではないから、右雇用止めの通告は、何ら不当労働行為を構成するものではない。

3  したがって、右不当労働行為を理由とした控訴人の主張も、理由がない。

八そうとすれば、不当労働行為による救済命令申立を棄却した本件命令の取消を求める控訴人の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条に従い、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官後藤勇 裁判官高橋史朗 裁判官小原卓雄)

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